ニクソンショックとデリバティブ

1971年のニクソンショック直後にシカゴに通貨の先物市場が誕生し、その後オプション、スワップも生まれ、デリバティブなどの金融工学が発展した。

マネーゲームの始まり

そのため証券市場は、1980年代後半に入ると幾何級数的に拡大した。いわゆる金融工学ビジネスであり、マネーゲームの始まりだ。

変動為替相場で各国経済がリンク

ニクソンショックによって世界は変動為替相場に移行し、各国の国内金利、財政、物価などが密接にリンクするようになった。

産油国は急落するドルに不満

一方、産油国は石油代金がドル決済だったため、急落するドルに不満を持ち、これが一因となって1973年に石油ショックが勃発し、先進国の経済はいっそう不安定になった。

ボラティリティ(変動)拡大

この1970年代前半の一連の出来事によって、世界の経済、特に金融のグローバル化が急速に進展すると同時に、ボラティリティ(変動)が一気に高まった。「変動と流動化の時代」が始まったのである。

金融界への2つのインパクト

この新しい時代は、世界の金融界に二つの重要なインパクトを与えた。

(1)ビジネスの対象地域が拡大

一つは、金融市場が顧客にとっても金融機関にとっても、ビジネスの対象地域が拡大した地政学的なインパクト。

(2)リスクビジネスが急成長

もう一つは、金融市場に多種多様なリスクが急増し、金融機関経営を格段に高度化すると同時に、一方ではリスクを介在した新しいビジネス(リスクビジネス)が誕生し、急成長したことだ。

日本の金融業界

しかし、日本の金融業界は、こうした時代の大きなうねりをつかめなかった。1970年代以降の世界の金融マーケット地殻変動への対応を誤った。

アメリカの銀行も当初は失敗

かといって、アメリカなど他国の銀行が上手に対応できたわけではない。

1980年代に入ると米国や欧州の大手銀行も、企業の銀行離れをカバーするため新分野の貸し出し業務に走り、巨額の不良債権を抱えた。

「3L融資」で不良債権の山

シティやチェース・マンハッタンなどアメリカの大手銀行はいわゆる「3L融資」で不良債権の山を築いた。この結果、1980年代半ばと末の2回にわたって破綻寸前の総崩れ状態に陥った。

「3L融資」とは以下の3つだ。

  • 累積債務国(LDC)
  • レバレッジド・バイアウト(LBO=買収先の資産を担保にした資金調達)
  • 不動産(LAND)


AI技術やITとの関係

では、以上の金融の歴史が、AI技術やITとどのように関係しているか考えたい。

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ブラック・ショールズ・モデル

1970年代には、金融工学の先駆的な理論である「ブラック・ショールズ・モデル」を、投資の実務に応用しようとする試みがいくつかなされた。

「ポートフォリオ・インシュアランス」

その一つが、「ポートフォリオ・インシュアランス」であった。これは、株式を保有している場合、資産が一定額以下にならないようにするための方法だ。

ヘイン・レランド氏とマーク・ルービンスタイン氏

「ポートフォリオ・インシュアランス」は、カリフォルニア大学バークレーのヘイン・レランド氏とマーク・ルービンスタイン氏によって、1970年代の後半に考案された。1982年、彼らはジョン・オブライエンとともにLOR社を設立し、ポートフォリオ・インシュアランスの販売を始めた。これは、年金基金や機関投資家の間でたちまちのうちに人気商品となった。

オプションの理論の応用

ポートフォリオ・インシュアランスは、「コンピュータと金融工学を使った複雑な仕組み」と言われる。オプションの理論の直接的な応用である。

ブラックマンデーの原因に

1987年10月19日月曜日、ニューヨーク株式市場で市場最大規模の暴落が起こった。ブラックマンデーである。「ポートフォリオ・インシュアランス」は、ブラックマンデーの原因の一つとされた。

ブラックサーズデーを超える暴落

世界恐慌の引き金となった1929年10月24日のブラックサーズデーの下落率は12.8%だったが、ブラックマンデーの下落率は、22.6%にもなった。

日経平均も下落記録

翌日には、アジアの各市場にも伝播。日経平均株価は3836.48円安(14.90%)の2万1910.08円へと、過去最大の暴落を記録した(ただし、翌日には2037.32円上昇)。

世界同時株安

さらに、イギリスで25%下落など、ヨーロッパの各市場にも伝播し、世界同時株安を引き起こした。

破滅的なイベントはなかった

ブラックマンデーの特異性としては、ファンダメンタルズにおいて、アメリカ財政赤字や貿易赤字の拡大、ドル安によるインフレ懸念があったものの、破滅的な事件(イベント)が起こったわけではないことだ。

暴落メカニズム

暴落の原因としてポートフォリオ・インシュアランスがあげられた。すなわち、つぎのようなコンピューター取引が、機械的に生じたというものである。

  1. 現物市場の株価がなんらかの要因で下落する。
  2. ポートフォリオ・インシュアランスによる先物売りが起こる。
  3. 先物価格と現物価格の間には、裁定条件がある。そこで、先物価格がこれを超えて下がると、裁定取引業者が現物を売る。これによって現物株が下がる。
  4. 再び2の動きが生じ、先物売りが出る。

様々な報告書

ブラックマンデーの原因解明をめぐっては、数多くの報告書が作成された。

自動売買(プログラム・トレーディング)を問題視

米国大統領の命令で作られた「ブレイディ報告書」は、原因としてコンピュータによる自動売買(プログラム・トレーディング)とポートフォリオ・インシュアランスをあげた。証券取引委員会(SEC)も同様の結論だった。

ニューヨーク証券取引所

ニューヨーク証券取引所は、先物を問題視した。

商品先物取引委員会

ただし、これに反する報告もある。商品先物取引委員会(CFTC)の報告は、投資家の経済に対する見方の変化に原因を求めている。

このように、ポートフォリオ・インシュアランスは明確に犯人と結論付けられたわけではなかった。ただし、無罪というわけでもないのは事実だ。

ファイナンス理論の前提

ファイナンス理論では、市場において望む取引をいつでも望むだけ実行できるものと仮定している。それは、個々の取引は市場全体の取引に比べて十分に小規模であると考えられているからだ。

売り注文がいっせいに発生

しかし、ポートフォリオ・インシュアランスについては、この条件が満たされていなかった。きわめて多数の投資家がこれを導入していたからである。したがって、株価の下落に対して、売り注文がいっせいに発生してしまう。

評判が悪化

ポートフォリオ・インシュアランスは、ブラックマンデーによって評判が極めて悪くなった。

損切り行動

しかし、この評価は正しいとは言えない。その理由は、人々はいまでも、これと同じことを行なっているからだ。「株価が下落したとき、損失を最小限に抑えるために、それを売却する、あるいは先物を売却する」という「損切り」行動が、それに他ならない。

AIが売却額を自動計算

ポートフォリオ・インシュアランスでは、下限値を与えたとき「いくら売ればよいか」を、AIやコンピュータが正確に計算しているだけのことだ。

市場取引そのものを否定できない

もしAIによるポートフォリオ・インシュアランスがダメなら、価格が下落したときに売ることも禁止しなければならなくなる。それは、市場取引そのものを否定することになる。

機械的取引の問題

もちろん、AIが機械的・自動的取引を行なうために悪循環を引き起こすという問題はあるだろう。だから、異常な事態が発生した場合に、緊急の措置をとることは必要だ。

サーキットブレーカー

実際、ブラックマンデーをきっかけにして「サーキットブレーカー」が導入された。

アメリカの銀行

なお、アメリカの銀行(米銀)は、1980年代の「失敗の本質」に気づき、「変動と流動化の時代」に向けて大きく経営の舵を切った。

JPモルガンやシティ

JPモルガン・チェースは収益の約3分の1を投資銀行部門で稼ぐようになった。独自路線を走っていたシティバンクも2000年、ついに投資銀行ソロモン・スミス・バーニーを傘下に抱えるトラベラーズと合併した。

日本は総花経営を変えず

これに対し、日本の大手銀行は、バブルが崩壊した後も「失敗の本質」に気づかず、従来型の経営を続けた。貸し出しや株式などの資産も減らさず、総花経営も変えず、ましてリスクビジネスなど理解すらしなかった。

金利や株に脆弱なメガバンク

その結果、メガバンクは貧弱な自己資本と突出した資産規模という異常な財務構造になった。金利や株価などが少し変動しただけで巨額の損失を被るというリスクの塊に化したのである。